私のやる理由。突っ走った20代

こんばんは!永井です。

いよいよ緊急事態宣言も
出されるという状況ですが、
みなさん、心穏やかに
過ごせていますか?

おとといまで、
「マスク着用で学校再開」
言われていた私の町も、

今日は始業式のみで
4月いっぱい休校
なりました。

子どもたちは

「え~つまんないな~」

言っていましたが、

私は内心、ほっ

なぜなら私自身、
外出なしでストレスなく、
シゴトも気持ちの切り替えも
できている中、

子どもたちの方が
感染リスクの高い環境に行くことに
抵抗があったからです。

夫も1年前から主夫で自由人なので
子どもたちを家に
いさせる選択もできます。

学校が再開になっても、
休ませることも
考えていたので
ほっとしたのです。

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私が起業を決めたのは、

自分の悩みを解決できた
シンプルパフォーマンス・セラピーに
感動したからというのも
理由の一つですが、

もう一つの理由は

選択できる人生を
自ら歩み、


家族や関わる人にも
歩ませたい。

と思ったからです。

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今回、
子どもが学校/学童に
行くか、行かないかの選択を

仕事に左右されずに
選ぶことができる状態を
自分でつくれていることに

素直に「やってきたよかった」
と思っていますし、


これから先、

自分の人生を

選択できる人生にしたい!

と思う方を全力で応援したい!

メラメラ燃えております^^

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私がどのようにして、
今の選択できる自由を
手に入れたのか、

これからみなさんが
未来を選ぶ上での参考に
していただければと思うので

今回は私の人生を遡って
子ども時代~20代まで
お伝えしますね!

 

さて、私の下の名前は

「温子」ですが、

この名前は、
私が生まれる前年になくなった
祖父の戒名から1字取り、

温かい子になるように

という願いが込められ
つけられました。

体は小さくてあまり丈夫ではなく、
ミルクが飲めずに豆乳で育ち、

1歳〜2歳頃には
ひどい下痢になり

(多分ロタウィルス)

 

お医者さんに
「死にかけている」
と診断されたところから
奇跡の回復をした、

など、命に関わる話を
小さい頃から聞かされてきました。

 

 

 

小学生5年生のときに
アルゼンチンから転校生がきて
外国に興味を持ち始め、

6年生から英語の勉強をスタート。

中学生では友達に誘われて行った
老人ホーム(高齢者福祉施設)の
ボランティア体験で
人の役に立つ喜びを知り、

英語×ボランティアで
青年海外協力隊を

志すようになりました。

青年海外協力隊は
試験に受からず
なれなかったものの、

大学卒業後は3年、
タイで働く機会を得て、

その後、国際NGOに就職して、
2年ほどネパールに駐在して、

病院のない村に
医療施設を作る支援活動や

自然災害の被災者を支援する活動に
従事していました。

”私には命がある。

 けれども同じ地球上で

 今、死ななくてすむことで
 命を落としている人がたくさんいる。


 その世界を変えたい”

その夢に燃えて、
寝る間も惜しんで
働く20代でした。

タイやネパールの
普通の旅行では絶対に
いかないような、
ガイドブックにも載っていない村で

ほかでは経験することのない体験を
たくさんすることができました。

大変なこともありましたが、
どの経験も私の大切な財産です。

私が立ち向かっていた
貧困や紛争や災害の問題は
とてつもなく大きかった分、
やりがいもありました。

人がやらないことをしている
という自負もありました。

ですがその満足感は
いつまでもは続かなかったのです。

次にやってくる
どん底体験から、

私は今につながる
大切な気づきを得ることになります。

 


今日はここまで!

読んでくださって、
ありがとうございます。

続きはまた明日
お伝えしますね!


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