我が子が○○たくなったとき、私は手を差し伸べられる母でいたかったから

こんばんは!

どんな土曜日を
お過ごしでしたか?

私は昨夜、2泊3日の
起業家合宿から戻ったのですが、

今日は長男(小4)の変化成長に
驚かされました。

いつもだと、自分が作った
LEGOブロックの船や戦闘機は
弟に絶対に触らせず、

作るのを見られるのも
嫌がっていたのですが、

今日はそういうそぶりがありません。


私が3男(1歳7ヶ月)を抱っこ
しながら
ご飯を作っていると

「お母さん、俺抱っこしてるよ」と、
3男を抱きとってくれ、

 

弟(小1)に

「俺の船、使っていいぞ」

と声をかけたのです。

 

 

母親が不在のうちに
兄弟間の絆が深まったのを
感じましたし、

 

離れているうちに、
親子の絆も深まったことを
感じました。

 

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さて、昨日のメールの中でも
書いたのですが、


私はかつて、
子どもを怒ってしまうのを
やめたいのにやめられなかった頃、

 

このまま親子関係は
悪化する一方なのか…

子どもが本当に困ったとき、
私が差し伸べる手は
息子にはたかれるのではないか、

 

という大きな不安を持っていました。

 

この不安には、
理由があります。

 

それは、3歳の時からの友人を、
中2のときに自殺で
亡くしていることです。

 

いじめのニュースも
あとを絶ちませんし、

 

もしも、我が子が
死にたいと思う瞬間があったら、


私はいつだってそばにいて
子どもの生きる力に
なりたいと思ってきました。

 

 

ところが、
怒ってばかりいたので、

私と息子の関係は悪化し、

親子のごく普通の会話が
家庭から消えてしまったのです。

 

 

この状態は絶対に
改善したかったので、

子育て本に書いてあることや
コーチングなどを試した末に

シンプルパフォーマンス・
セラピーに出会い、

 

藁をもすがる気持ちで受講し、

晴れて問題解決することが
できたのです。

 

今はもう、
万が一の時に

息子が私の手を振り払うのではないか、

という不安はありません。

息子が拒否していた、
彼を怒るという態度で否定し続けた
母親では、もうないからです。

 

 

イライラして子どもを怒鳴って
しまうとき、

そこには必ず
過去の経験やトラウマからできた
思い込みがあります。

 

明日はその思い込みについて
解説しますね!

 

 


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